■ 官能小説家
官能小説家(高橋源一郎)
源ちゃん(馴れ馴れしい)の小説をひさびさに読みました。小説論・文学論にもなってて、文学と格闘するタカハシさんと明治の文豪たちというお話のしかけも楽しく(これお芝居にするといいな〜って思った)とっても良かったです。
ちょっと心に残る文章があったのでご紹介します。
半井桃水という売れていない作家が「小説教室」というカルチャースクールの講師をしています。生徒からはとくに見るべきものもないつまらない作品ばかりが提出されるのですが、ひとりだけ、銀座でホステスをしている樋口夏子が書いたものだけ、荒削りで未熟で稚拙ではあるのに「文学」を見いだし、惹きつけられます。
小説教室で教わったことはすべて忘れなさい。とにかく、書きなさい。
桃水は夏子にアドバイスします。
夏子は苦しい、こわい、お手本が欲しい、と言います。
桃水は、書くことは苦しい、書くことは異常だ、誰も何も書かなくても生きていける、なにのきみは書こうとしている。だったらもっと狂うのだ、もっともっと狂ってついに書くことが苦痛でなくなるまで。と言います。
書きなさい。
でも、なにを?
それだけはぼくは君に教えることが出来ない、きみが書くべきものは君の中に深く埋もれていて、君が自分の力で尋ね、掘り当てなければならないのだから。
夏子は一週間かけて、自分が体験した恋愛をいくつかアレンジしてささやかな短編を書きます。待ち合わせのカフェで桃水にそれを渡すと、桃水は原稿の最初のページに目を落とし、それからゆっくりと引き裂くと黙ったままテーブルに置きます。
いってよ、なにが悪いの?読まないでもわかるぐらいにひどいの?
いや、ひどくはないかもしれない。もしかしたらいい小説だったかもしれない。
じゃあ、なぜ?夏子は涙を流しながらたずねます。
きみは諦めなければならないから、と桃水はいった。なにを?大切なものをたくさん。たとえば、まず自分が書いた最初の作品を。きみが書いたのはなに?大切な思い出の一つ?すると、夏子は小さくうなずいた。だったら、それをきみは捨てなければならない。人はふつう大切なことを書こうとする。自分にとってかけがえのない記憶を伝えようとして書こうとする。それは小さなことだ。まず、きみはきみのいとおしいものを棄てなければならない。そうでなければ、どうしてそれを他人に伝えることができるだろう。きみが守らなければならないのは、きみが大切に思っていることではない。きみの作品だ。きみが自分を守ろうとする限り、どうして他人がきみの作品を大切だと思うだろう。
桃水は夏子の胸にそっと手を置き、
きみが書かなければならないことはここに眠っているんだ。
と言うのです。
何かを表現したいひと、である自分にはちょっとズッキューンとくる文章でした。ジーンとしました。
文中の桃水の小説教室が後に『一億三千万人のための小説教室』になったのかな。この本も実は小説、なのだったりして。こちらもオススメです〜。
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